【4日目(2/13)】
さて今夜は大晦日。
桂林ママ方の家族一同が会して、新年を迎える宴会が開かれます。
おばあちゃんの家で食事するのが伝統的ですが、孫が全員伴侶を連れてきて(一人は彼氏ですが)、人数が多いのでお店で食事会ということになっています。
まずはおばあちゃんの家で集合。
嫁さんが到着前に、
「おばあちゃんに会ったら、『Popo好』って言ってあげて」
と言います。
なんでかなーと聞いたら、普通話では母方のお婆さんのことを「姥姥(lao3lao)」と言うのですが、桂林語では「popo」というそうで。(桂林語は普通話のように数字で表現できる声調がないようです)
アパートに住んでいるおばあちゃんに玄関で迎えられて、「Popo hao!」と言いましたらおばあちゃんも親戚一同も大喜び。
孫たちは奥の部屋で麻雀してました。
牌が大きくて、捨て牌が並んでない麻雀。やってみたかったけど最後の半荘だったようで残念。
スワボォックはその様子を見ながら、震えています。
ス「すごい寒いよ~~」
亜熱帯の桂林がこれほど寒くなるとは思ってなかったそうで、防寒の服さえ持ってきてなかった彼。
教えてあげたら良かったのに妹よ・・・。
新年のためのお餅が出来上がりました。
もち米を関西で言う半殺し(半分くらいつぶしたもの)にして、桂林のソーセージや芋などを混ぜて蒸したもの。
上には砂糖がかかっていて複雑な味。
スワボォックは一口でダメだったようですが、私は美味しくいただきました。
2階にある家の階段を降りたところでスワヴォックが爆竹に点火。
したところは写真に撮れませんでいたぁ。
これだけの残骸が出ます。
爆竹のゴミは新年にならないと掃除してはいけません。
元日でも掃除せずに3日目が終わってから片づける家もあります。
孫たちが揃って仏壇の前に整列しました。
ポポ(おばあちゃん)がご先祖様、亡くなったお爺さん、ポポのお母様に孫たちの結婚を報告します。
この春節に、孫の4人のうち3人が伴侶を連れて勢ぞろいしました。
私たちは2年前に籍を入れましたが所帯を持ったのは先の秋でしたので、同じ年に3人が結婚したことになります。
お爺さんの写真に語りかけたポポの声が涙声になっていました。
「あなたは早く死んでしまって残念です。孫の結婚を見ることができませんでした」
----------
実はこのお爺さんが亡くなったのは春節に関係がありまして。。。
持病の喘息が、春節の爆竹の煙で悪化して入院されて、そのまま帰宅できなかったのです。
窓をきっちり閉めてあったのですが、日本のマンションのような密閉空間にはできなくて。
春節の爆竹や花火による人災はこういったところにもあると知りました。
でもそれを「仕方ない」と呑んでいくことも、この国の考え方です。
----------
おばあちゃんの言葉のあと、孫たちが先祖に向けて線香を捧げます。
このとき、私が中国の家族の一員になったんだと、本当に遅いけれど初めて実感できました。
そして食事の会場に向かいます。
78歳の祖母を新しい家族であるスワヴォックと私がエスコート。
外国人の二人に向かって、おばあちゃんが片言の普通話で話してくれました。
(おばあちゃんの世代は中国の共通語である普通話が話せない人が多数です)
「遠いところだけれど、何年後かでいいから飛行機に乗ってまた来てね。」
その言葉を、英語と日本語で私たちに伝えてくれる妹と嫁さん。
食事会はおばあちゃんとその子供世代のテーブル、孫たちのテーブルに分かれました。
孫たちのテーブルは桂林パパが教えてくれた酒を飲むゲームで大賑わい。
サイコロの出目で酒をつぎ、出目が9になったら振ったものが罰ゲームで酒を飲む。
私は、3回連続で酒をついで、その直後に9を出して爆笑されましたぁ・・・。
スワヴォックも一気飲みを何度もやったので酔ってしまって。
この子ブタの丸焼きの、
頭をかじって、奥さんのお母さんに「それは食べられないよ!」とか言われてたみたい。
アヒルの焼き物も、
キノコと鶏のスープも美味しかったなぁ。
酒も入って、春節だし。
おじさんの誰かが、孫たちの夫婦をからかって、酒を飲ませたり肉を二人で食べあわせたり。
私たち夫婦もやりましたけれど、もちろん私のカメラには写真なし。
でも誰かが撮影していたのを嫁さんが見てました。
誰ですか私たちの公開接吻を撮影した人は。
そのあと、なぜかおじさんおばさん世代夫婦にもそのおふざけが広がりましてw
ロンドンの妹のお母さんが積極的で大笑いされてました。
でもね、食事の後の散会とか、家に帰った記憶がないんですよ。
気が付いたら嫁さん実家についてました。
車の中ではずっと眠ってたんですなぁ。
帰って体を清めて、布団に入って。
その間、ずーっと爆竹と花火の音。
集合住宅の玄関でも、廊下でも、どこでも爆竹。
時間は既に11時50分。
嫁「これから1,2時間は鳴りっぱなしですよ」
私「かなわんなぁ」
でも、0時10分には嫁さんの寝息。
んで私もすぐ眠ってしまいました。
なんて環境順応が早い二人なんだろう。
さて今夜は大晦日。
桂林ママ方の家族一同が会して、新年を迎える宴会が開かれます。
おばあちゃんの家で食事するのが伝統的ですが、孫が全員伴侶を連れてきて(一人は彼氏ですが)、人数が多いのでお店で食事会ということになっています。
まずはおばあちゃんの家で集合。
嫁さんが到着前に、
「おばあちゃんに会ったら、『Popo好』って言ってあげて」
と言います。
なんでかなーと聞いたら、普通話では母方のお婆さんのことを「姥姥(lao3lao)」と言うのですが、桂林語では「popo」というそうで。(桂林語は普通話のように数字で表現できる声調がないようです)
アパートに住んでいるおばあちゃんに玄関で迎えられて、「Popo hao!」と言いましたらおばあちゃんも親戚一同も大喜び。
孫たちは奥の部屋で麻雀してました。
牌が大きくて、捨て牌が並んでない麻雀。やってみたかったけど最後の半荘だったようで残念。
スワボォックはその様子を見ながら、震えています。
ス「すごい寒いよ~~」
亜熱帯の桂林がこれほど寒くなるとは思ってなかったそうで、防寒の服さえ持ってきてなかった彼。
教えてあげたら良かったのに妹よ・・・。
新年のためのお餅が出来上がりました。
もち米を関西で言う半殺し(半分くらいつぶしたもの)にして、桂林のソーセージや芋などを混ぜて蒸したもの。
上には砂糖がかかっていて複雑な味。
スワボォックは一口でダメだったようですが、私は美味しくいただきました。
2階にある家の階段を降りたところでスワヴォックが爆竹に点火。
したところは写真に撮れませんでいたぁ。
これだけの残骸が出ます。
爆竹のゴミは新年にならないと掃除してはいけません。
元日でも掃除せずに3日目が終わってから片づける家もあります。
孫たちが揃って仏壇の前に整列しました。
ポポ(おばあちゃん)がご先祖様、亡くなったお爺さん、ポポのお母様に孫たちの結婚を報告します。
この春節に、孫の4人のうち3人が伴侶を連れて勢ぞろいしました。
私たちは2年前に籍を入れましたが所帯を持ったのは先の秋でしたので、同じ年に3人が結婚したことになります。
お爺さんの写真に語りかけたポポの声が涙声になっていました。
「あなたは早く死んでしまって残念です。孫の結婚を見ることができませんでした」
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実はこのお爺さんが亡くなったのは春節に関係がありまして。。。
持病の喘息が、春節の爆竹の煙で悪化して入院されて、そのまま帰宅できなかったのです。
窓をきっちり閉めてあったのですが、日本のマンションのような密閉空間にはできなくて。
春節の爆竹や花火による人災はこういったところにもあると知りました。
でもそれを「仕方ない」と呑んでいくことも、この国の考え方です。
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おばあちゃんの言葉のあと、孫たちが先祖に向けて線香を捧げます。
このとき、私が中国の家族の一員になったんだと、本当に遅いけれど初めて実感できました。
そして食事の会場に向かいます。
78歳の祖母を新しい家族であるスワヴォックと私がエスコート。
外国人の二人に向かって、おばあちゃんが片言の普通話で話してくれました。
(おばあちゃんの世代は中国の共通語である普通話が話せない人が多数です)
「遠いところだけれど、何年後かでいいから飛行機に乗ってまた来てね。」
その言葉を、英語と日本語で私たちに伝えてくれる妹と嫁さん。
食事会はおばあちゃんとその子供世代のテーブル、孫たちのテーブルに分かれました。
孫たちのテーブルは桂林パパが教えてくれた酒を飲むゲームで大賑わい。
サイコロの出目で酒をつぎ、出目が9になったら振ったものが罰ゲームで酒を飲む。
私は、3回連続で酒をついで、その直後に9を出して爆笑されましたぁ・・・。
スワヴォックも一気飲みを何度もやったので酔ってしまって。
この子ブタの丸焼きの、
頭をかじって、奥さんのお母さんに「それは食べられないよ!」とか言われてたみたい。
アヒルの焼き物も、
キノコと鶏のスープも美味しかったなぁ。
酒も入って、春節だし。
おじさんの誰かが、孫たちの夫婦をからかって、酒を飲ませたり肉を二人で食べあわせたり。
私たち夫婦もやりましたけれど、もちろん私のカメラには写真なし。
でも誰かが撮影していたのを嫁さんが見てました。
誰ですか私たちの公開接吻を撮影した人は。
そのあと、なぜかおじさんおばさん世代夫婦にもそのおふざけが広がりましてw
ロンドンの妹のお母さんが積極的で大笑いされてました。
でもね、食事の後の散会とか、家に帰った記憶がないんですよ。
気が付いたら嫁さん実家についてました。
車の中ではずっと眠ってたんですなぁ。
帰って体を清めて、布団に入って。
その間、ずーっと爆竹と花火の音。
集合住宅の玄関でも、廊下でも、どこでも爆竹。
時間は既に11時50分。
嫁「これから1,2時間は鳴りっぱなしですよ」
私「かなわんなぁ」
でも、0時10分には嫁さんの寝息。
んで私もすぐ眠ってしまいました。
なんて環境順応が早い二人なんだろう。
2010.03.07 / Top↑
まるこ
奥さま戻られたんですね。
おかえりなさーい。
関西でも「半殺し」って使うところあるんですね~。
てっきり関東より北の方で使われるものだと思ってました。
アタシの中で「半殺し」と言えば、文字通りの「半殺し」だけです(笑)
おかえりなさーい。
関西でも「半殺し」って使うところあるんですね~。
てっきり関東より北の方で使われるものだと思ってました。
アタシの中で「半殺し」と言えば、文字通りの「半殺し」だけです(笑)
西の魔女ちゃん
とても賑やかな大晦日なんですね
異文化のこういう風習に触れ合う事がないので
珍しく、そして可笑しく読ませていただいています
郷に入れば郷に従えってことわざでもありますが
自然体で寄り添えば、みんな家族ですね
異文化のこういう風習に触れ合う事がないので
珍しく、そして可笑しく読ませていただいています
郷に入れば郷に従えってことわざでもありますが
自然体で寄り添えば、みんな家族ですね
シンゴ
嫁さん帰ってきて10日にもなるのに、まだ風邪がなおりません。
半殺し、言わないですか?
あんころ作るときとか、よく母親が使っておりました。
ところでなんで半殺しに反応しましたか(ぶるぶる)
半殺し、言わないですか?
あんころ作るときとか、よく母親が使っておりました。
ところでなんで半殺しに反応しましたか(ぶるぶる)
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