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前回は記憶の混乱について書きました。
今回は他の困ったことあれこれです。

『味覚障害』

この味覚障害のことを書くのが難しいのです。
というのも、「味覚障害」なのかどうかすら分かってません。
状況を説明します。

発症したのは退院してから1ヶ月ほどたった9月です。
一部の食べ物の味がかなり悪くなりました。
・醤油を多く含んだ煮物
・揚げ物
がダメになりました。
うちの妻の得意料理の半分くらい、このおかげで食べにくくなりました。

しかし他の味は全く変わってません。
焼き魚、卵かけごはん、味噌汁、鶏の塩焼き
どれも変わらないのに、なぜか条件が一致するものだけ全く駄目。
不味い、もしくは味がしないという感じです。
一番おかしいのは「煮物や揚げ物の匂いが変」なことです。
どうやら医師の話では、「味覚障害ではなく、嗅覚障害の可能性がある」とのことです。
どちらにしろ、治療法がないということです。

弟がサプリメントをくれたので飲んでいます。
サプリメントは亜鉛やカキエキスが入っています。
飲み始めて2ヶ月ほど経ち、だいぶ良くなりましたがまだ治っていません。

『鬱の気配』

鬱になったわけではありませんが、それを感じる気配がありました。
実は以前、鬱になったことがあります。その気配がしました。
多くは9月いっぱいで治ってきました。

・不安を強く感じる・・・妻が買い物に行って、一人になるだけで恐ろしく感じます。
・閉所恐怖症・・・不安を感じると、閉所恐怖症になることがあります。CTの検査が受けられませんでした。
・興味がなくなる・・・草花やグッピーの世話がほとんど出来なくなりました。

最近になって神経科を訪れることになり、少々心配なので様子を見ましょうと言われています。
閉所恐怖症は小さい頃から感じることがありましたが、阪神大震災のころにひどくなっていました。
当時はそのせいで何カ月もの間、夜中に汗をかいて目覚めてしまうことになりました。

『性格の変化』

これは私のことではありません。聞いた話のことです。
脳疾患で、このような変化が起こる場合があることを知りました。

とある人は、上司としての資質を失いました。
会議で個人攻撃ばかりをするようになり、部下を追いやりました。
その部下は1年のあいだ、休職をするはめになりました。
今ではその上司は、全く別の部門に異動してしまったそうです。

とある人は、2度のクモ膜下出血で別人になりました。
同居している奥さんのお母さんに対し、ひどい言葉を浴びせるようになりました。
以前は大人しく、優しい旦那さんだったそうです。
そしてそのお母さんが亡くなったとき、自分から「俺は葬式でなんもせんからな」(何もしないぞ)
しかしお葬式のとき、「俺だけ仲間はずれにされてる」と大きな声で言ったそうです。

ちょっと怖い事例を書いてしまいました。
心構えをするわけにも行きません。
こういうことがあると、知ってほしい。

(続きます)
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2011.12.04 / Top↑
『目覚め』
手術の翌日、正午くらいに目が覚めました。
横にいくつかのベッドが並んだ妙な部屋でした。(後にICUだということを聞きました)
このときの記憶はあまりありません。後で嫁さんに聞いた話をつなぎますと。

看護師「お名前は?」
看護師「今日の日付は?」
看護師「年齢は」
など、基本的な問いかけが続いたそうです。
返答に不自然な点がないか、確認するそうです。

一問だけ誤った返答をしました。
看護師「結婚していますか?」
私「いいえ、一人ものです」
横でこの問答を妻が聞いていたそうです・・・。

その日はご飯を食べたかどうかの記憶もありません。

目覚めたのは良かったのですが、頭痛がまだします。
頭蓋の中を手術したわけですから、少しは痛みが残ります。
それ以外は、手足のしびれや言語の明瞭さに問題はなかったそうで、数日ぼんやりしながら過ごしました。
点滴のパイプが何本も刺さって、精神的にしんどかった記憶があります。

『混乱』
話はいきなり飛びますが、退院してから一ヶ月ほど経った頃、目覚めて以降の数日間について記憶が混乱していることに気付きました。
入院から3週間ほどの記憶の順番がおかしいのです。

私の記憶の中ではこんな感じでした。
1.誕生日を迎える(7/9)
2.ICUを出て一般病室に移動する(日付不明)
3.数日後、なぜかICUに戻る(日付不明)
4.更に数日後、一般病室に戻る(日付不明)

そのまま間違えた記憶で生活すると、心のどこかにしこりを残したままになりそうで、言語リハビリの先生に確認しましたところ。(言語リハビリについては後ほど)
1.誕生日を迎える(7/9)
2.ICUを出て一般病室に移動する(7/12)
3.言語のリハビリを受けているところ、意味不明なことを言い始める(7/13)
4.薬物治療を受けるため、ICUに戻る(7/13)
5.一般病室に戻る(7/22)
だそうです。

この程度の記憶違いは、脳の病気にかかった人には普通だそうです。

「意味不明なことを言い始める」は、治療後によくある「脳梗塞」の発症だそうです。
この場合は手術せず、薬だけで治療するのが一般的だそうです。
記憶の整合性が取れましたので、確認できて良かったと思います。

『言語リハビリ』
いくら体が元気でも、発症したのは脳です。
その脳の血管にクリップで挟んで治療しますので、言語の取り扱いに問題が残っている場合があります。
大阪警察病院では言語聴覚士の先生についていただき、手術の数日後からリハビリを受けました。

当初受けていたリハビリはこのような内容でした
・4コマ漫画…見た漫画のストーリーを説明する
・絵に描かれたもの…ミカンや炬燵やバスなど、良く見るものの名称を言う
もっとありました。
脳梗塞が発見されたのは4コマ漫画でした。

脳の言語中枢がきちんと働いているか、確認してもらえる大事な作業です。
入院中は週に2度、退院後も週に2度リハビリを受けました。
このリハビリのおかげで、
・言葉が出にくい
・記憶がしにくい
ところがかなり解消されました。

実は社会復帰した今でも、月に2度、リハビリを受けています。

(続きます)
2011.11.23 / Top↑
『はじめに』
この記事はクモ膜下出血を発病し、手術と入院とリハビリを経て会社に復活するまでを書いたものです。
同じ病気の方に少しでも役立つ情報があればいいなとは思いますが、個人の記録でありますので、あまり信じないようにお願いします。

発症時の年齢:45才
家族:妻一人のみ
発病:2011年6月

『病院に行った日』
話は2011年6月末のことです。
血圧が上がることがちょっと多い体質でしたが、とあるときにひどい頭痛が起こりました。
頭の後ろ側がずっと締めつけられるように痛みます。

あまりにひどい頭痛でしたので、翌日の朝に妻と近所の病院へ。
・体温
・血液検査
を経て、医師が言うには
「肩のコリが影響しているかもしれない。薬出しますので様子見ましょう」
とのこと。
出してもらったのは肩コリをほぐす薬だったと記憶しています。

しかし2,3日経った後に、やはりひどい頭痛が。
先日行った病院はあまり信用ならない印象でしたので、大阪警察病院に行くことにしました。
2011年7月4日のことです。
#以前、逆流性食道炎を発見していただいた恩義がありましたので。

検査の内容は記憶していません。
#思いだしたらこの記事に書こうと思います。

で、看護師の方に言われたのが
「ご家族の方を呼んで下さい」
でした。

意味がわからなかったので、聞きますと。
「クモ膜下出血です。すぐに入院してもらい手術します」
とのことでした。
その会話が、手術前後の最後の記憶です。
次に目覚めるまでの記憶は一切ありません。

そして翌日の午後、妻と母が見守る中、目覚めました。

(続きます)

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脳を直接手術しますので、記憶が混乱したり失われることはよくあるそうです。
手術後の数日間、この混乱が続くことになります。
でも心配はありません、一時的な混乱は誰にでもあるそうで。

記憶が混乱しても、家族の方には「それ違う」とか言わない方がいいです。
その記憶は信用できません。

そして家族の方は間違えた記憶でいらいらしないで下さい。
病気の方は、そういう記憶しかしてません。

お互い、相手の言うことを全部受け止めずに過ごすほうがよろしいでしょう。
2011.11.12 / Top↑
既に一昨日のことなんですが、11月1日に職場復帰しました。
応援いただきました皆様、ありがとうございます。

まだこれから色々と苦労もございます。
がんばってまいります。

やっと復帰にこぎつけましたので、これからは復帰までの道のりを書いていきたいと思っています。
いままで、「くも膜下出血」のことを書いてきましたが、その日々の気分でだけ書いてきました。
命がかかった病にかかったからには、せめて読んでいただいている方の参考となる文章をと思い、書いていこうと思います。(ほんとに大した闘病もやってないのですが)

重ねて申し上げます。
応援していただいた方々、本当にありがとうございました。
2011.11.03 / Top↑

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